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Page:Onishihakushizenshu03.djvu/381

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後に出現する宗敎時代の哲學上の最大產物なる新プラトーン學派の前驅と名づけて可ならむ。

それらプラトーン學派の先驅の中に就き先づ希臘の哲學思想を基として東方の宗敎思想に近よれるものより叙述せむ。


新ピタゴラス學徒

《新ピタゴラス學派と其の學徒。》〔四〕嚮に古アカデミーを叙せる條下にプラトーン學派とピタゴラス學派とは大に相近づきて遂に相混ずるほどに至れることを云へり。ピタゴラス學派が哲學上の學派として何時頃迄繼續せしかは明らかに知り難けれども其の禮拜(宗敎的方面)は恐らくは其の一學派としては消滅せし後にも繼續したりしならむ。今宗敎時代に於いて先づ大に復興せるはピタゴラス盟社に在りし禮拜なり。當時いたくピタゴラスを尊崇して其の敎を傳唱すと稱へたる人々を哲學史家は名づけて新ピタゴラス學徒といふ。彼等は畢竟當時の宗敎的要求よりしてピタゴラスといふ古代の一宗敎的人物を以て其の本尊としたりしものにて實は徃時のピ