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りて成就せらる、換言すれば知覺に先きだちては外物に潜勢的に存在する性質が知覺によりて現勢のものと成さるゝなり。今謂ふ特殊の感官はそれに應ずる事物それぞれの性質を(例へば目は色、耳は聲を)感覺するに止まる。而して凡べて此等の感覺を統合して全き知覺を成し又諸感官に通ずる事物の關係即ち其の數及び運動の狀態等時空上の關係を看取するには體中別に具はれる中央機關による。アリストテレースは此の中央機關の位置を心臟におけり。是れ即ち彼れの謂ふ共通知覺官(αἰσθητήριον κοινὸν)にして此の中央機關に於いてまた吾人の心作用を自覺する働きあり即ち外物を知覺するのみならず其の知覺する働きを知覺する作用あるなり。また甞て外物の刺激によりて起こされたる知覺が外來刺激の去りし後にも尙ほ其の痕迹を留むるにより想念(φαντασίαι)として存するも亦此の中央機關あるによれり。吾人は此等の想念によりて過去の經驗を記憶するを得、委しく云へば意を用ゐずして曾て經驗したることを想ひ出だす(μνήμη)は感官よりせる印象の遺存すればなり、又故意に記憶を喚び起こす(ἀνάμνησις)は想念の連結せるものありて其の連絡の順序に從ひ意志の作用によりて喚起さるればなり。吾人は