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となしたれども如何にして斯かる知識のあり得べきかに就きては未だ滿足なる說明を爲さず即ち未だ十分の意識を以てプロータゴラスの知識論に對し之れを破りて自家を立するに足る程の說明を與へざりき。ソークラテースは斯かる純然たる知識上の硏究に心を潜めずして寧ろ其の目的たる道德論に奔りたり。彼れは自己の堅固なる道德的確信に基づきて道德を樹てむにはかくの如き知識なかるべからずと考へ此の故を以て斯くの如き知識は眞實有り得べく、無かるべからず、又吾人の達し得るものならざるべからずと信じて疑はざりき。プラトーンは此の問題を採り來たりて深く知識論に入り十分の意識を以てプロータゴラスに對したり。

かくの如く其の師の敎學の大主眼は是れ即ちプラトーンが攷究の出立點なるが之れより打ち立ちて哲學の大組織を成就せむが爲め彼れは更に眼をソークラテース以前の諸家の思想に放てり。在來の希臘哲學の肝要なる思想は凡べて彼れが眼界に入り來たれり。彼れは此等諸〻の思想を攝取してソークラテースに於いては見るべからざりし大組織を成し在來の諸說とは大いに其の面白を異にした