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Page:Onishihakushizenshu03.djvu/148

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ちて罰を受けざるべからず。上天の界は完全にして月下の世界は不完全なりと。或はいふピタゴラス學徒は所謂太一を神と思惟し天地萬物を其の神の所造若しくは顯現と見做しきと。然れども彼等の說を斯く有神說若しくは凡神說の如くに解するは惟ふに後世學者の構說を雜へたるものならむ。但しピタゴラス學徒に先だつて旣に或詩人等が一神敎的思想に近づけりしが如く彼等學徒も亦之れに近づけりしは敢て疑ふを要せず。さはれ其の宗敎上の所說と其の哲學的思想と何程の關係を有せしや審かならず。其の靈魂又神明に關する說は其の哲學の根據とは關係なく、むしろ其の學徒の中に行はれたる一種の禮拜に附隨せしものなるべし。

《此の派の說の難點及び其の哲學史上の位置。》〔九〕ピタゴラス派の學說はエムペドクレース及びアナクサゴーラス等の說と列べて一種の多元說と見るを得べきものなるが、彼等と異なりて其のエレア學に直接に負ふ所ありし跡は認め難し。其の二元論は他學派に說く所と思想上相通へる所あるべし。アナクシマンドロスは寒熱の對峙を云ひ、アナクシメネースは厚薄の作用を云ひ、パルメニデースは明暗の對峙を說き、エムペドクレースは愛