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牝牛
わたしは四辻から
杖を牝牛の呼んでゐる方へむけた
小道󠄁をたどつてゆくと
牝牛は枳〇 (木へんに壳) の垣根のそばにゐた
もつたいない金色の
わけて貰ふため
わたしは帽子をぬいでこごんだ
わたしはうれしくてうれしくてしかたなかつた
あそこにはもう春の
できたよなどと言つた
まだあのひとは來ないのなどと言つた
牝牛は靑い眼をすまして默つてきいてた
わたしは牝牛のそばでは
お母さんのそばにゐるやうにやすらかだつた
羽織󠄂を戀ふ
子供の頃羽織󠄂を着てゐた
それは親切な羽織󠄂であつた
いつでもいつでも背後から
柔か〔ママ〕く暖󠄁かく包󠄁んでくれた
ときにはぬいで兜にして
頭にかむつて遊󠄁んだ
それは眞實親切な羽織󠄂だつた
あまり親切なものだから
たうたううるさくなつて
まるめて何處かの土堤に
抛りあげておくこともあつた
またどこかの木の枝にひつかけておいたまま
忘れて歸ることもあつた