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Page:NiimiNankichi-NurseryRhymes and Poems-1-DaiNipponTosho-1981.djvu/102

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春風󠄁

   ――母死にまして二十年

     兄も亦幼にして逝󠄁けり


お母さん あなたのオモカゲ

春 乳󠄁母車にのつてやつて來る

わたしが戶口に凭れて

埃を追󠄁つてゆく春風を見てると

あなたは乳󠄁母車に乘つて

私の兄さんに押させて來る

お母さん あなたは

やさしい佛樣達󠄁の國から

 來たのに

大きな明󠄁るい蓮の花󠄁の傍から

 來たのに

何という貧しさでせう

あなたはヤツれてゐる

あなたの着物は手織󠄂の木綿です

そしてこの乳󠄁母車は强い匂ひのする

 籐車で

きゆろきゆろと小鳥のやうに

 鳴くのです


お母さん あなたは何處へいくのですか

 と私が訊くとあなたはかう答へる

――私はまたお醫者へいくんだよと

お母さん あなたはさういつてまた

まだ織󠄂の肩󠄁揚げのとれない兄さんに

押されて行く

幼い兄さん 桃の木の下を通󠄁るときには

一枝をお母さんが折りとれるやうに

その乳󠄁母車をとめて下さい

桃のツボミはまだ小さくつても


お母さん あなたの俤は

かうして春の眞晝ころ

私が戶口に凭れて通󠄁りを見てると

乳󠄁母車でやつて來てやがて行つてしまふ

――春風と來て春風といつてしまふ