Page:NDL1142084 南支南洋研究調査報告書 第4輯 part1.pdf/52

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九二北京語との關聯を考慮して設けたるものイ、子音の數は『拉廣』二十、『方案』二十二、但し『方案』中には、三あり、此は廣東語表記には不必要なれば、實際は十九なり。『拉廣』が『方案』に比して一つ多いのは、rの音が入つてゐるからで、語吸收に用意されたものであつて、現在の廣東語表記には不要である。『拉廣』と『方案』の子音を對照すれば次の如し。dz g gw h y k kw m n ng p s b d f 1口、此は前に說明せる如く、專ら外來ハ、『拉廣』と『方案』の子音を對照すれば次の如し。方案dz g gw h y k kw m n ng p b d f 1 w廣拉b d z f g gw x j k k 1 m n nq p聲に就いての比較『拉廣』は聲の必要性を認めず、詞の連書によつて此れを解決せんとし、案』が聲の存在を認めその表示方法を示してゐる。

七】廣東語の特徴g h y k n ng p s t ts w b d f 1 w k d z f g gw x j k 1 m n nq p S t c w r〔5〕連書の方法を示す。此れに反し『方廣東語の特徴廣東語の特徴に關しては、已に此迄の記述の中に多く含まれてゐるであらうし、又之からの說明中にも多く含まれる事である。特に此の一項を設け「廣東語の特徵」と題したのは、落穗拾ひ的に若干の問題を取り上げんとするの意圖に外ならない。故に此の項の記述は極めて斷片的になるを免れない事をお斷りして置く。廣東語は前にも說ける如く、音素は多く種語や稀語に出で、語調は中原漢語の影響を受けたるものと言はれてゐる。之は簡易な指示代名詞に於いても見られる。廣東語では「あれ」とか「それ」卽ち遠稱、中稱の指示代名詞は、個(ko)或は咽咽(koko)であるが、このkoといふ音は德語であるといはれる。廣東、廣西省の地名に굴なる文字を冠したる地名が非常に多い。「古井」「古樓」「古鎭」「古塘」「古橋」等の「古」字は決して「古い」といふ意味ではなく、衛語で「あれ」「それ」と指示する時に「古」音を使用するのである。故に「古井」は「あの井戶のある村」といふ意味から名付けられたもので、古い井戶があるから「古井」と名附けられたのではないのである。此の굴音が今の廣東語の個(ko)になり「個邊」(そこ)とかの「個」になつたものと言はれるのである。又「柚子」を廣西白話では「十六」廣東白話では「六僕」といふのは、種語で「勒薄」をいはれる爲である。一切は果實、「薄」は「柚」廣東語で六僕と言ふのは、種語は倒置されるからである。又家を種語では「欄」と言つてゐるが、この影響は廣東白話の「果欄」「魚欄」「菜欄」「牛欄」等に見受けられる。廣東語では人稱代名詞を複數にする時は「...」」」なる文字をつけ(2)音を出させるのであるが、之は搖語の一尺から出たものと認められる。現在でも四會地方では「我隊」「你隊」「但隊」と言つてゐるさうである。(以上「學江流域民族史」による)廣東語では支那に關する名詞例へば「支那人」「支那料理」「支那語」等の場合に「中國--」とする事は勿論であるが、之にもまして「唐」なる文字を使用したがる、之は實に奇怪なる事である。我々日本人が外來のものに對し「唐カラシ」「唐チリメン」「唐イモ」「唐ナス」とか言ふならば、別に異とするに足りない。又廣東人が西洋から來たものに「洋」や「番」をつけて「番視」(石鹼)「番菜」(西洋料理)「洋琴」(ピアノ)洋紙(西洋紙)と言つてゐるならば之また、怪しむに足りないが、支那人自身が支那のものに對し「唐」とは些か奇怪である。それが今日已に「唐朝の」九三