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    (2) 精󠄃密にいへば、記錄された歷史である。一八四七年には、有史以前に存在した社󠄃會組織は殆んど全く知られてゐなかつた。その後、ハクスタウゼンはロシヤにおける土地共有制を發見し、マウレルはすべてのチュートン人種が歷史に入るまへ、土地共有を社󠄃會の基礎としてゐたことを論證し、それから次第に、村落共產制がインドからアイルランドまで到る處において、社󠄃會の原始的形態であること、もしくはあつたことが分つて來た。そしてこの原始的共產社󠄃會の內部組織は、氏の眞性質、および氏と種族との關係についての、モルガンの完成的大發見によつて、初めて標本的の形態で明示された。この原始的共產制の解體とともに、社󠄃會はべつべつの、そして遂󠄅には相反目する諸󠄃階級に分れはじめたのである。
    〔譯者󠄃註〕モルガン著󠄃『古代社󠄃會』およびエンゲルス著󠄃『家族・私有財產および國家の起󠄃源』を見よ。

    (3) ギルドの親方とは、正式の組合員たる職人のことで、組合の頭ではない。

 上古の諸󠄃時代にあつては、殆んど到る處に、社󠄃會を種々な等級に分けた複雜な排列法、社󠄃會的地位の種々雜多な區分が行はれてゐるのを見る。すなはちローマの古代には、貴族、騎士、平󠄃民、奴隷があり、中世には、領主、家來、親