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Page:Kokubun taikan 09 part2.djvu/8

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れば「晝の程󠄁に、腫れさせおはしましにけるを申しさふらふなり」と申さるれば「今は耳もはかばかしく聞えず」と仰せられて、いとゞ弱󠄁げに見えさせ給ふ。𛁈ばしばかりありて「この度はさるべき旅︀と覺ゆるぞ」と仰せらるれば、つゝましけれど「などさは思しめすぞ」と申せば、「僧︀正のさしも頭より黑けぶりを立てゝ祈︀れど、その𛁈るしと覺えて、心ちの休まずまさる心ちのすれば」と仰せらるゝを聞くは何にかは似たる。明けぬれば大い殿參り給ひて院の御使にて事どもありげなる氣色なれば、心なき心ち𛁈ぬべければ寐たり。何事にか、こまやかに申させ給ふ。御位ゆづりのにやとぞ心得らるゝ。申しはてゝ臥したる所󠄁にさしよりて「御傍にまゐらせ給へ」といひかけて立ち給ひぬ。昨日より山のくぢ𛁈゙さども召したれば、十二人の供從者まゐりて加持まゐりのゝしるさまいと夥し。せめて、思しめしたる方のなきにや「大臣殿を召し、院に申せ、一年の心ちにも、さもと仰せられし、行尊󠄁召してたべ」と申させ給へれば、やがて即ちまゐりたれば、やがて枕上近󠄁くめして祈︀らせ給ふ。三非寺の人々は、千手經を保ちたれは、それをぞいと尊󠄁く讀まるゝ。「御惱消󠄁除して壽命長からむ」とゆるゝやかにずせらるゝ聞くぞたのもしき心ちする。かやうにいみじき人だちあまた侍ひて、我も劣らじと祈︀りまゐらせらるゝけにや、御ものゝけあらはれて、り𛃰僧︀正、賴豪など名のりのゝしる人あらはれさせ給うて「一年の行幸の後又󠄂見まゐらせばやとゆかしく思ひまゐらするに、そのとくなければおどろかしまゐらするぞ」といふを聞かせ給ひて、「いかにもこの二三年、例ざまに覺ゆる事のあらばこそ行幸もあらめ。近󠄁きほどだになし。この心ち止みたらばこそは