Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/41

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又心の解くるに〈よカ〉なくなけあ〈かカ〉るゝみ〈にカ〉なまさかしと〈らカ〉などする人は、若きつ〈み〉そらになどかくてはいふ事もあれど、人はいとつれなう、我やあしきなどうらもなう、罪なきさまにもてないたれば、いかゞはすべきなど萬に思ふ事のみ繁きを、いかでつぶつぶといひしらするものにもがなと思ひ亂るゝ時、心づきなきや、胸うちさめ〈一字わぎイ〉てものいはれずのみあり。なほ書きつゞけても見せむと思ひて、

 「おもへたゞ  むかしもいまも  わがこゝろ  のどけからでや

  はてぬべき  みそめしあきは  ことの葉の  うす〈き脫歟〉いろにや

  うつろふを  なげきのしたに  なげかれき  ふゆはくもゐに

  わかれゆく  ひとををしむと  はつしぐれ  くもりもあへず

  降りそぼち  こゝろぼそくは  ありしかど  きみにはしもの

  わするなと  いひおきつとか  聞きしかば  さりともと思ふ

  ほどもなく  とみにはるけき  わたりにて  白て〈くイ〉もばかり

  ありしかば  こゝろそらにて  經しほどに  きみみ〈きりカ〉も靆き

  絕えにけり  またふるさとに  かりがねの  歸るつらにやと

  おもひつゝ  ふれどかひなし  かくしつゝ  我が身むなしく

  せみの羽の  いましもひとの  うすからず  なみだのかはの

  はやくより  かくあさましき  そらゆゑに  ながるゝことも