Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/356

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物惜みせさせ給ふ宮とて、我は、生れさせ給ひしより、いみじう仕うまつれど、まだおろしの御ぞ一つ賜はぬぞ。何かしりうごとには聞えむ」などのたまふがをかしきに皆人々笑ひぬ。「まことぞをこなりとてかく笑ひいまするが耻かし」などのたまはするほどに內より御使にて式部の丞なにがしまゐれり。御文は大納言殿〈伊周〉取り給ひて殿に奉らせ給へば、ひき解きて「いとゆかしきふみかな。ゆるされ侍らばあけて見侍らむ」とのたまはすればあやしうとおぼいためり。「忝くもあり」と奉らせ給へば、取らせ給ひてもひろげさせ給ふやうにもあらずもてなさせ給ふ、御用意などぞありがたき。すみのまより女房褥さし出でゝ、三四人御几帳のもとに居たり。「あなたにまかりて祿の事物し侍らむ」とてたゝせ給ひぬる後に御文御覽ず。御返しは、紅梅の紙に書かせ給ふが御ぞの同じ色ににほひたる、猶かうしも推し量り參らする人はなくやあらむとぞ口をしき。今日は殊更にとて殿の御方より祿は出させ給ふ。女のさうぞくに紅梅の細ながそへたり。肴などあれば醉はさまほしけれど「今日はいみじきことの行幸に。あが君許させ給へ」と大納言殿にも申して立ちぬ。君達などいみじうけさうし給ひて、紅梅の御ぞも劣らじと着給へるに、三の御前は御匣殿なり、中の姬君よりも大きに見え給うてうへなど聞えむにぞよかめる。うへも渡らせ給へり。御几帳ひき寄せて新しく參りたる人々には見え給はねばいぶせき心ちす。さし集ひてかの日のさうぞく扇などの事をいひ合するもあり。又挑みかはして「まろは何か唯あらむにまかせてを」などいひて例の君などにくまる。夜さりまかづる人も多かり。かゝる事にまかづればえとゞめさせ給はず。上日々に渡