Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/292

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たるをのこ走り來て乞ふに「まて」などいへば、木のもとによりて引きゆるがすに危ふがりて猿のやうにかいつきて居るもをかし。梅などのなりたる折もさやうにぞあるかし。

淸げなるをのこのすぐろくを日ひと日うちて、猶飽かぬにや、みじかき燈臺に火をあかくかゝげて、敵のさいをこひせめて、とみにも入れねば、どうを盤のうへにたてゝ待つ。狩衣のくびの顏にかゝれば片手しておし入れて、いとこはからぬゑばうしをふりやりて、さはいみじう呪ふともうちはづしてむやと心もとなげにうちまもりたるこそほこりかに見ゆれ。

碁をやんごとなきひとのうつとて紐うち解き、ないがしろなるけしきに、ひろひおくにおとりたる人のゐずまひもかしこまりたるけしきに、碁盤よりは少し遠くて及びつゝ、袖の下いま片手にて引きやりつゝうちたるもをかし。

     おそろしきもの

つるばみのかさ、燒けたる所、水ぶき、菱、髮おほかるをのこの頭洗ひてほすほど、栗のいが。

     きよしと見ゆるもの

かはらけ、新しきかなまり、疊にさすこも、水を物に入るゝ透き影、新しき細櫃。

     きたなげなるもの

鼠のすみか、つとめて手おそくあらふ人、白きつきはな、すゝばなしありくちご、油入るゝ物、雀の子。暑きほどに久しくゆあみぬ。きぬの萎えたるはいづれもいづれもきたなげなる中に、練色のきぬこそきたなげなれ。