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Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/275

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ち解けてねぬる後もはづかし。男はうたておもふさまならず、もどかしう心づきなき事ありと見れど、さし向ひたる人をすかしたのむこそ耻かしけれ。ましてなさけありこのましき人に知られたるなどは愚なりと思ふべくももてなさずかし。心のうちにのみもあらず。又皆これが事はかれに語り、かれが事はこれにいひきかすべかめるを、我がことをば知らでかく語るをばこよなきなめりと思ひやすらむと思ふこそ耻かしけれ。いであはれ、又あはじと思ふ人に逢へば、心もなきものなめりと見えて耻かしくもあらぬ物ぞかし。いみじく哀に心苦しげに見すて難き事などをいさゝか何事とも思はぬもいかなる心ぞとこそはあさましけれ。さすがに人のうへをばもどき、物をいとよくいふよ。ことにたのもしき人もなき宮づかへの人などをかたらひて、たゞにもあらずなりたる有樣などをも知らでやみぬるよ。

     むとくなるもの

しほひのかたなる大きなる舟。かみみじかき人のかづらとりおろして髮けづるほど。大きなる木の風に吹きたふされて根をさゝげてよこたはれふせる。すまひのまけているうしろ手。えせものゝずさかんがふる。翁のもとゞりはなちたる。人のめなどのすゞろなる物ゑんじして隱れたるを、必尋ねさわがむものをと思ひたるにさしも思ひたらず、ねたげにもてなしたるに、さてもえ旅だち居たらねば心と出できたる。こまいぬしく舞ふものゝおもしろがりはやり出でゝをどる足音。

修法は佛眼眞言など讀みたてまつる、なまめかしうたふとし。