Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/256

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へに御覽ぜさせてこそは」など言ふ程に、雨まことに降りぬ。「などかことみかどのやうにあらでこの土御門しもうへもなくつくりそめけむと、今日こそいとにくけれ」などいひて、「いかで歸らむずらむ。こなたざまは唯後れじと思ひつるに、人目も知らずはしられつるをあういかむこそいとすさまじけれ」とのたまへば、「いざ給へかし。うちへ」などいふ。「それもゑばうしにてはいかでか。とりに遣り給へ」などいふに、まめやかにふれば笠なきをのこども唯ひきにひき入れつ。一條よりかさをもてきたるをさゝせてうち見かへりうち見かへり、この度はゆるゆると物うげにて卯花ばかりを取りおはするもをかし。さて參りたれば、ありさまなど問はせ給ふ。怨みつる人々、ゑじ心うがりながら、藤侍從、一條の大路走りつるほど語るにぞ皆笑ひぬる。「さていづら、歌は」と問はせ給ふ。かうかうとけいすれば「くちをしのことや。うへ人などの聞かむにいかでかをかしきなくてあらむ。その聞きつらむ所にてふとこそよまゝしか。あまり儀しき事さめつらむぞあやしきや。こゝにてもよめ。言ふかひなし」などのたまはすればげにと思ふにいとわびしきをいひ合せなどする程に、藤侍從の、ありつる卯の花につけて卯の花のうすえふに、

 「ほとゝぎすなく音たづねに君ゆくときかば心をそへもしてまし」。

「かへしまつらむ」など局へ硯とりに遣れば「唯これしてとくいへ」とて御硯のふたに紙など入れて賜はせたれば、「宰相の君書き給へ」といふを、「なほそこに」などいふ程に、かきくらし雨降りてかみもおどろおどろしう鳴りたれば、物も覺えず唯おろしにおろす。しきの御ざ