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りたる。すゐさうのずゞ、藤の花。梅の花に雪のふりたる。いみじう美くしきちごのいちごくひたる。

     むしは

鈴蟲、松蟲、はたおり、きりぎりす、蝶、われから、ひをむし、螢。みのむし、いと哀なり。鬼の生みければ親に似てこれもおそろしき心ちぞあらむとて、親のあしききぬひき着せて「今秋風吹かむをりにぞこむずる。待てよ」といひて逃げていにけるも知らず、風の音聞き知りて八月ばかりになれば「ちゝよちゝよ」とはかなげになくいみじうあはれなり。ひぐらし。ぬかづきむし又あはれなり。さる心に道心おこしてつきありくらむ。又おもひかけず暗き所などにほとめきたる聞きつけたるこそをかしけれ。蠅こそにくきものゝうちに入れつべけれ。あいぎやうなくにくきものは人々しうかき出づべきものゝやうにあらねど、よろづの物にゐ、顏などにぬれたる足して居たるなどよ。人の名につきたるはかならすかたし。夏蟲いとをかしく廊のうへ飛びありくいとをかし。蟻はにくけれど輕びいみじうて水のうへなどを唯步みありくこそをかしけれ。

七月ばかりに風のいたう吹き、雨などのさわがしき日、大かたいと凉しければ扇もうち忘れたるに、あせのか少しかゝへたるきぬのうすき引きかつぎてひるねしたるこそをかしけれ。

     にげなきもの

髮あしき人のしろき綾のきぬ着たる。しゞ〈らイ〉かみたる髮に葵つけたる。あしき手を赤き紙に