Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/183

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すこし降りて菊の露もこちたくそぼち、おほひたる綿などもいたくぬれ、うつしの香ももてはやされたる。つとめてはやみにたれどなほ曇りてやゝもすれば降り落ちぬべく見えたるもをかし。

よろこび奏するこそをかしけれ。うしろをまかせてしやくとりて、御前の方に向ひてたてるを拜し舞踊しさわぐよ。

今內裏のひんがしをば北の陣とぞいふ。ならの木の遙にたかきが立てるを常に見て「いくひろかあらむ」などいふに、權中將の「もとより打ちきりて、定證僧都の枝扇にせさせばや」とのたまひしを、山階寺の別當になりてよろこび申すの日、近衞づかさにてこの君の出で給へるに、高きけいしをさへはきたればゆゝしく高し。出でぬるのちこそ「などその枝扇はもたせ給はぬ」といへば、「ものわすれせず」と笑ひ給ふ。

     山は

小倉山、三笠山、このくれ山、わすれ山、いりたち山、かせ山、ひはの山。かたさり山こそ誰に所おきけるにかと〈十字いかなるらむとイ〉をかしけれ。いつはた山、のちせの山、笠取山、ひらの山。とこの山は「わが名もらすな」とみかどのよませ給ひけむいとをかし。伊吹山。朝倉山、よそに見るらむいと〈九字こそ見るかイ〉をかしき。岩田山。大比禮山もをかし。臨時の祭の使など思ひ出でらるべし。たむけ山。三輪の山いとをかし。音羽山、待かね山、玉坂山、耳無山、末の松山、葛城山、美濃のお山、はゝそ山、位山、吉備の中山、嵐山、さらしな山、姨捨山、小鹽山、淺間山、かたゝめ山、かへる