Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/174

提供:Wikisource
このページは校正済みです

枕草紙

春は曙、やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏はよる、月のころはさらなり、闇もなほ螢飛びちがひたる、雨などの降るさへをかし。秋は夕暮、夕日はなやかにさして、山ぎはいと近くなりたるに、鳥のねどころへゆくとて三つ四つ二つなど飛びゆくさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるがいとちひさく見ゆるいとをかし。日入りはてゝ風のおと蟲のねなどいとあはれなり。冬は雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜などのいと白く、又さらでもいと寒き、火などいそぎおこして炭もてわたるもいとつきづきし。ひるになりてぬるくゆるびもてゆけば、すびつ火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし。

ころは、正月、三月、四五月、八九月、十月、十二月、すべてをりにつけつゝひとゝせながらをかし。正月一日はまいてそらのけしきうらうらとめづらしくかすみこめたるに、世にある〈りイ〉とある人は、すがたかたち心ことにつくろひ、君をも我が身をも祝ひなどしたるさま殊にをかし。七日は雪まの若菜靑やかに摘み出でつゝ、例はさしもさる物めぢかゝらぬ所にもてさわぎ、白馬見むとて里人は車淸げにしたてゝ見にゆく。中の御門のとじきみひきいるゝ