このページは校正済みです
「漕ぎて行く船にてみればあしびきの山さへゆくを松は知らずや」
とぞいへる。幼き童のことにては似つかはし。けふ海あらげにて磯に雪ふり浪の花さけり。ある人のよめる。
「浪とのみひとへに聞けどいろ見れば雪と花とにまがひけるかな」。
廿三日、日てりて曇りぬ。此のわたり、海賊のおそりありといへば神佛を祈る。
廿四日、昨日のおなじ所なり。
廿五日、檝取らの北風あしといへば、船いださず。海賊追ひくといふ事絕えずきこゆ。
廿六日、まことにやあらむ、海賊追ふといへば夜はばかりより船をいだして漕ぎくる。道にたむけする所あり。檝取してぬさたいまつらするに、幣のひんがしへちれば檝取の申し奉ることは、「この幣のちるかたにみふね速にこがしめ給へ」と申してたてまつる。これを聞きてある女の童のよめる、
「わたつみのちぶりの神にたむけするぬさのおひ風やまずふかなむ」
とぞ詠める。このあひだに風のよければ檝取いたくほこりて、船に帆あ〈かイ〉げなど喜ぶ。その音を聞きてわらはもおきなもいつしかとし思へばにやあらむ、いたく喜ぶ。このなかに淡路のたうめといふ人のよめる歌、
「追風の吹きぬる時はゆくふねの帆手てうちてこそうれしかりけれ」
とぞ。ていけのことにつけていのる。