Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/135

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あやしう心よう寢らるゝけなるべし、これもかれも「一夜聞きゝ。この曉にも鳴きつる」といふを、人しもこそあれ、我しもまだしといはむも、いと耻しければ、物はいはで心の中におぼゆるやう、

 「我ぞげにとけてぬらめや郭公ものおもひまさる聲となるらむ」

とぞ忍びていはれける。』かくて、つれづれと六月になし〈りイ〉つ。ひんがしおもての朝日の影いと苦しければ、みな〈二字南のイ〉廂に出でたるに、つゝましき人のけ近くおぼゆれば、やをらかたれ〈はカ〉らふして聞けば、蟬の聲いと繁うなりにたるを、覺束なうてまだ耳を養はぬ翁ありき〈けイ〉り。庭掃くとて、はきゝを持ちてきの下に立てる程に、俄にいちはやうなきたれば驚きてふり仰ぎていふやう、「よひぞよひぞというなは〈二字てなく〉蟬來にけるは、蟲だにときせちを知りたるよ」と、ひとりごつに合せて、しかしかと鳴きみちたるに、をかしうもあはれにもありけむ心ちぞあり〈ぢイ〉なかりける。大夫そばの紅葉のうちまじりたる枝につけて、例の處にやる、

 「夏山の木のしたつゆのふかければかつぞなげきの色もえにける」。

返り事、

 「露にのみいろもえぬれば言の葉をいくしほとかは知るべかるらむ」

などいふ程に、宵になりて珍しき文こまやかにてあり。二十よ日、いとたまさかなりけり。あさましき事と目馴れにたれば、いふかひなくて、中頃なきさまにもてなすも、侘びぬればなめりかしと、かつ思へば、いみじうなむ、あはれにありしよりけにいそぐ。その頃縣ありきの