Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/128

提供:Wikisource
このページは校正済みです

またながえにつけて、すだれ卷きあげ、下すだれ左右おし挾みたり。楫もて寄りたれば、おり走りて、紅梅の唯今盛りなるしたよりさしあげたるに、似げなうもあるまじ。うち擧げつゝ「あな面白」といひつゝ、步みのぼりぬ。さてのる〈日イ〉を思ひたれば、又南ふたがりにけり。「などかは、さは吿けざりし」とあれば、「さ聞えたらましかば、いかゞあるべかりべける」とものすれば、「違へこそせましか」とあり。「思ふ心をや、今よりこそは試みるべかりけれ」など、猶もあらじに、たれもの〈もカ〉のしけり。ちひさき人には手習ひ歌よみなど敎へ、こゝにてはけしうはあらじと思ふを、「思はずにては、いとあしからむ。今かしこなると諸共に、裳着せむ」などいひて日暮れにけり。「同じうは院へ參ら〈せイ有〉む」とてのゝしりて出でられぬ。この頃空の氣色なほり立ちて、うらうらとのどかなり。暖かにもあらず、寒むくもあらぬ風、梅にたぐひて、鶯をさそふは、鳥の聲などさまざまなごう聞えたり。崖のうへをながむれば巢くふ崔ども瓦の下を出でゝ入り囀づる。庭の草、氷にゆるされ顏なり。うるふ二月の朔日の日、雨のどかなり。それより後空晴れたり。三日方明きぬと思ふを音なし。よう〈う衍歟〉かもはや暮れぬるをあやしと思ふ思ふねて聞けば、夜中ばかりに火の騷ぎする所あり。近しと聞けどもの憂くて起きもあがられぬを、これかれ問ふべき人がちから〈二字にイ〉あるまじきもあり。其にぞ起きて出でゝ答へなどして「め〈ひイ〉しめりぬめり」とてあかれぬれば、入りてうち臥す程にさきおふ者門にとまる心ちす。あやしと聞く程に、「おはします」といふ。燈火の消えて、這ひ入りに暗ければ、「あなくら。ありつる物を、賴まれたりけるにこそありけれ。近き心ちのしつればなむ。今は歸りなむ