Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/126

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そこの文もある。かつは思ひやる心ちいと哀なり。よろづ書き書きて「霞に立ちこめられて、筆のたちどて〈もイ〉知られねばあやし」とあるも、げにと覺えたり。それより後も、二度ばかり文ものして、事定まり果てぬれば、このぜじたち至りて末〈京イ〉に出し立てけり。唯獨出し立てけむも思へばいと悲し。おぼろげにてかくあらむや。唯親もし見給はゞなどにこそはあらめ、さ思ひたらむに、我がもとにても同じごと見る事難からむと、又さとて〈もイ〉〈かイ有〉らむ時、なかなかいとほしうもあるべきかなゝどゝ思ふ心添ひぬれどいかゞはせむ。かくいひ契りつれば、思ひ歸るべきにもあらず。この十九日宜しき日なるをと定めてしかば、これ迎へに物す。しのびて唯淸げなる網代車に、馬に乘りたるをのこども四人、しも人はあまたある。大夫やりて這ひ乘りて、しりに、この事に口入れたる人と乘せてやりつ。今日珍しきせうそこありつれば「さもぞある。引き合ひては惡しからむ。いととくものせよ。暫しはけしき見せじ。すべてありやうに從はむ」など定めつるかひもなく、さきだゝれにたれば、いふかひなくてある程に、とばかりありて來ぬ。「大夫はいづこにいきたりつるぞ」とあれば、とかういひ紛らはしてあり。「日頃もかく思ひまうけしかば、身の心細さに人の捨てたる子をなむ取りたる」などものし置きたれば「いで見む。たが子ぞ。我今は老いにたりとて、わかうど求めて、我をかんだて〈うカ〉し給へるならむ」とあるに、いとをかしうなりて、「さは見せ奉らむ。御子にし給はむや」とものすれば、「いとよかなり。させむ猶々」とあれば、〈わイ有〉れもとういぶかしさに呼び出でたり。聞きつる年よりもいとちひさくいふかひなく幼げなり。近う呼びよせて「立て」とて立