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まざまちりぢりになる程いと心細し。中務の宮の御むすめはもとよりいとあざやかならぬ御おぼえなりしかば、世を捨てさせ給ふきはとてもとりわきたる御名殘もなかるべし。禪林寺のうへの院の人はなれたる方にすゑ聞えさせ給へれば、事にふれていとさびしく心ぼそき御ありさまなるをおのづからこととひ聞ゆる人もなし。源氏の末の君に中將ばかりなる人、院に親しくつかうまつりなれて家もやがてそのわたりにあれば程近きまゝに、をりをりこの宮の御とのゐなど心にかけてつかまつるを、さぶらふ人々もいとありがたくもと思ふ。宮の御方はこの頃いみじき御盛のほどにてまほにうつくしうおはしますをあたらしう見奉りはやす人のなき事と思ひあへり。七月ばかり風あらゝかに吹き、いなづまけしからず閃きて神なりさわぎ、常よりもおそろしき夜、はかばかしき人もなければ上下いとあわたゞしく心ぼそうおぼし惑ふ。法皇は龜山殿に過ぎにし頃よりおはしませば、近きあたりにだに人のけはひも聞えず。哀なる程の御ありさまにて墨をすりたらむやうなる空の氣色のうとましげなるをながめさせ給ひなどするに、例の中將そぼちまゐりてさぶらひめくもの一二人弓などもたせて「御とのゐつかうまつらせ侍るべし。なにがしも侍のかたに侍らむ」など申すにぞいさゝかたのもしくて人々慰め給ふ。おはします母屋にあたれる廂の高欄におしかゝりて、香染のなよらかなる狩衣に薄色の指貫、うちふくだめたるけしきにてしめじめと物語しつゝいたう更けゆくまでつくづくとさぶらひ給へば、御簾の中にも心づかひしてはかなきいらへなどきこゆ。曉がたになりぬれば、御几帳ひきよせて御殿ごもりゐるかたはらにい