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始めすゝめ給ふも御門におはします。後に嫌ひ給ふも御門なり。いかにかくは仰事あるぞ」と申すに、濱成申していはく「山部親王は御母いやしくおはす。いかでか位に即き給はむ」と申しゝかば、御門「まことにさる事なり。酒人內親王を立て申さむ」とのたまひき。濱成又申していはく「第二の御子薭田親王御母いやしからず。この親王こそ立ち給ふべけれ」と申しゝを、百川目をいからし、太刀をひきくつろげて、濱成をのりていはく「位に即き給ふ人更に母のいやしきたふときを擇ぶべからず。山部親王は御心めでたく世の人もみな從ひ奉るこゝろあり。濱成申す事道理にあらず。我命をも惜み侍らず、また二心なし。唯早く御門の御ことわりをかうぶり侍らむ」とせめ申しゝかば、御門ともかくものたまはで立ちて內へ入りたまひにき。百川このことを承りきらむとて、齒をくひしばりてすこしもねぶらずして四十餘日立てりき。御門、百川が心の强くゆるばざる事を御覽じて、「さらば疾く山部親王の立つべきにこそ」としぶしぶにおほせ出し給ひしを、御ことばいまだ終らざりしに、庭におりて手をうち喜ぶ聲おびたゞしく高くして人々みなおどろきさわぎ、百川やがてつかさづかさを召して山部親王の御もとへたてまつりて、太子に立て奉りにき。御門あわだゝしくおぼしてあきれ給へるさまにてぞおはしましゝ。濱成色をうしなひ朽ちたる木などの如くに見え侍りき。百川君の御ために力をつくし身を捨つる事、いにしへもかゝるためしなしと人々申しあへりき。同六年四月廿五日井上の后うせ給ひにき。現身に龍になり給ひにき。長部親王もうせ給ひにきといふ事世にきこえ侍りき。同七年九月に二十日ばかり夜ごとに瓦石つ