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のおとゞのあそばしたりし和歌、

  「水ひきのしら絲はへておるはたはたびのころもにたちやかさねむ」。

大井の御幸も侍りしぞかし。さてみゆきありぬべき所と申させたまふ。事のよし奏せむとて、小一條のおほいまうちぎみぞかし、

  「をぐら山もみぢの色もこゝろあらば今ひとたびのみゆきまたなむ」。

あはれ優にも侍ひしものかな。さて行幸にあまたの題をたまはりて、やまと歌つかうまつりしなかに、猿山のかひにさけぶといふ題を、躬恆、

  「わびしらにましらな鳴きそ足曳の山のかひある今日にやはあらぬ」。

その日の序題は貫之のぬしこそ仕うまつりしか。朱雀院の母いうにおはしますとこそはいはれさせ給ひしかども、將門が亂などいできて、おそれすぐさせおはしましゝ程に、やがでかはらせ給ひにしぞかし。そのほどの事のありさまこそいとあやしう侍りけれ。母后の御もとに行幸せさせたまへりしを、かゝる御ありさまの思ふやうにめでたくうれしき事など奏せさせ給ひて、「今は春宮ぞかくて見聞えさせまほしき」と申させ給ひけるに、「心もとなく急ぎ思しめす事にこそありけれ」とて程なく讓り聞えさせ給ひけるに、きさいの宮は「さおもひて申さゞりしことを、唯行く末の事をこそ思ひしか」とていみじく泣かせ給ひけり。さておりさせ給ひて後、人々のなげきけるを御覽じて、院より后の宮にきこえさせ給へりし、國ゆづりの日、