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どかの須磨の御別の折をおぼし出づれば、今はとかけはなれ給ひても、唯同じ世のうちに聞き奉らましかばと我が身までのことはうち置きあたらしく悲しかりし有樣ぞかし。さてそのまぎれに我も人も命堪へずなりなましかばいふかひあらまし世かはとおぼしなほす。風打ち吹きたる夜のけはひ冷やかにてふとも寢入られ給はぬを近くさぶらふ人々怪しとや聞かむとうちもみじろぎ給はぬも猶いと苦しげなり。夜深きとりの聲の聞えたるも物哀なり。わざとつらしとにはあらねどかやうに思ひ亂れ給ふけにや、かの御夢に見え給ひければ、打ち驚き給ひていかにと心騷がし給ふにとりのね待ち出で給へれば、夜ふかきも知らずがほに急ぎ出で給ふ。いといはけなき御有樣なれば乳母たち近く侍ひけり。妻戶押し開けて出て給ふを見奉りおくる。明けくれの空に雪の光見えておぼつかなし。名殘までとまれる御にほひ、やみはあやなしとひとりごたる。雪は所々消え殘りたるがいと白き庭のふとけぢめ見えわかれぬ程なるに、猶殘れる雪と忍びやかに口ずさみ給ひつゝ、御格子打ち叩き給ふも久しくかゝることなかりつるならひに、人々もそらねをしつゝやゝまたせ奉りてひきあげたり。「こよなく久しかりつる身もひえにけるは、おぢ聞ゆる心のおろかならぬにこそあめれ。さるは罪もなしや」とて御ぞひきやりなどし給ふに、少しぬれたる御ひとへの袖をひき隱して、うらもなくなつかしきものから打ち解けてはたあらぬ御用意などいと耻しげにをかし。限なき人と聞ゆれどかたかめる世をとおぼしくらべらる。萬いにしへのことをおぼし出でつゝ、解け難き御氣色を恨み聞え給ひてその日は暮し給へれば、えわたり給はで寢殿には御