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ばし聞かまほしきに忍びたまへど、御けはひしるく聞きつけて、とのゐびとめくをのこなまかたくなしき出で來たり。「しかじかなむ籠り坐します御せうそこをこそ聞えさせめ」と申す。「何かは、しか限りある御行ひの程を紛はし聞えさせむにあいなし。かくぬれぬれ參りていたづらに歸らむうれへを姬君の御方に聞えて哀とのたまはせばなむ慰むべき」とのたまへば、見にくき顏うちゑみて「申させ侍らむ」とてたつを「しばしや」と召しよせて「年比人づてにのみ聞きてゆかしく思ふ御ことの音どもを嬉しきをりかな。暫し少したち隱れて聞くべきものゝくまありや。つきなくさし過ぎて參りよらむほど皆ことやめ給ひては、いとほいなからむ」とのたまふ。御けはひ顏かたちのさるなほなほしき心地にもいとめでたくかたじけなく覺ゆれば「人きかぬ時は明暮かくなむあそばせど、しも人にても都のかたより參りたちまじる人侍る時は音もせさせ給はず。大かたかくて女君達おはしますことをばかくさせたまひ、なべての人に知らせ奉らじとおぼしのたまはする」と申せば、うち笑ひて「味氣なき御ものかくしなり。しか忍び給ふなれど皆人ありがたき世のためしに聞き出づべかめるを」とのたまひて「猶しるべせよ。あれはすきずきしき心などなき人ぞ。かくておはしますらむ御有樣のあやしくげになべてに覺え給はぬなり」とこまやかにの給へば「あなかしこ、心なきやうに後の聞えや侍らむ」とてあなたのお前ははたけのすいがいしこめて皆へだてことなるを、敎へよせ奉れり。御供の人は西の廊によびすゑてこのとのゐあへしらふ。あなたに通ふべかめる透垣の戶を少し押し明けて見給へば、月をかしき程にきり渡れるをながめて、す