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しげにてつぶつぶときよらなり。なまめとまる心もそひて見ればにや、まなこゐなどこれは今すこし强うかどあるさままさりたれど、まじりのとぢめをかしうかをれる氣色などいとよく覺え給へり。口つきのことさらに華やかなるさましてうちゑみたるなど、わがめのうちつけなるにやあらむ、おとゞは必ず思しますらむと、いよいよ御氣色ゆかし。宮たちは思ひなしこそけだかけれ、世の常のうつくしきちごどもと見え給ふに、この君はいとあてなるものからさまことにをかしげなるを見くらべ奉りつゝ、いで哀若しうたがふゆゑもまことならば、父おとゞのさばかり世にいみじう思ひほれ給ひて、こと名のり出でくる人だになきとかたみに見るばかりの名殘をだにとゞめよかしとなきこがれ給ふに、聞かせ奉らざらむ罪えがましさなど思ふも、いでいかでさはあるべきことぞと猶心えず思ひよるかたなし。心ばへさへなつかしうあはれにてむつれ遊び給へばいとらうたくおぼゆ。對へわたり給ひぬればのどやかに御物語など聞えておはする程に日も暮れかゝりぬ。よべかの一條の宮に詣でたりしにおはせし有樣など聞え出で給ひつるを、ほゝゑみてきゝおはす。哀なる昔のことかゝりたるふしぶしはあへしらへなどし給ふに「かの想夫戀の心ばへはげにいにしへのためしにもひき出づべかりける折ながら、女はなほ人の心うつるばかりのゆゑよしをもおぼろげにては漏らすまじうこそありけれと思ひしらるゝ事どもこそ多かれ。過ぎにし方の志を忘れずかく長き用意を人にしられぬとならば、おなじうは心ぎよくてとかくかゝづらひゆかしげなきみだれなからむや。誰がためも心にくゝめやすかるべきことならむとなむ思ふ」