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とのたまへば、さかし、人のうへの御をしへばかり心づよげにてかゝるすきはいでやと見奉り給ふ。「何のみだれか侍らむ。猶常ならぬ世の哀をかけそめ侍りにしあたりに心みじかくはべらむこそなかなか世のつねの嫌疑ありがほに侍らめとてこそ。想夫戀は心とさしすぎてこといで給はむやにくきことに侍らまし。物の序にほのかなりしはをりからのよしづきてをかしうなむ侍りし。何事も人により事に隨ふわざにこそ侍るべかめれ。よはひなどもやうやういたう若び給ふべき程にもものし給はず、またあざれがましくすきずきしき氣色などに物なれなどもし侍らぬに、うちとけ給ふにや、大かたなつかしうめやすき人の御有樣になむ物し給ひける」など聞え給ふに、いとよきついでつくり出でゝ少し近く參りより給ひてかの夢がたりを聞え給へば、頓に物ものたまはで聞しめしておぼしあはすることゞもあり。「その笛はこゝに見るべきゆゑあるものなり。かれは陽成院の御笛なり。それを故式部卿宮のいみじきものにし給ひけるをかの衞門督は童よりいとことなるねを吹き出でしにかんじてかの宮の萩の宴せられける日贈物にとらせ給へるなり。女の心は深くもたどりしらずしか物したるなゝり」などのたまひて、末の世のつたへは又いづかたにとかは思ひまがへむ、さやうに思ひなりけむかしなどおぼして、この君もいといたり深き人なれば思ひよることあらむかしとおぼす。その御氣色を見るにいとゞはゞかりて頓にも打ち出できこえ給はねど、せめて聞かせ奉らむの心あれば、今しもことのついでに思ひ出でたるやうにおぼめかしうもてなして「今はとせし程にとぶらひにまかりて侍りしに、なからむ後のことゞもいひ