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Page:Kokubun taikan 01.pdf/587

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にも語らひのたまひければ、いみじく嬉しく思ふ事かなひ侍る心地して、人のさうぞくなにはのことも、やんごとなき御有樣に劣るまじくいそぎたつ。尼君なむ猶この御おひさき見奉らむの心深かりける。今一度見奉る世もやと命をさへしうねうなして念じけるをいかにしてかはと思ふも悲し。その夜は上そひて參り給へり。御てぐるまにも立ちくだりうち步みなど人わろかるべきをわがためは思ひ憚らず、唯かく磨き奉り給ふ玉のきずにて、わがかくながらふるをかつはいみじう心苦しう思ふ。御まゐりの儀式人の目驚くばかりのことはせじとおぼしつゝめど、おのづから世の常のさまにぞあらぬや。限もなくかしづきすゑ奉り給ひて、上は誠に哀にうつくしと思ひ聞え給ふにつけても、人に讓るまじう誠にかゝる事もあらましかばとおぼす。おとゞも宰相の君も唯この事一つをなむ飽かぬことかなとなむおぼしける。三日すぐしてぞうへはまかでさせ給ふ。たちかはりて參り給ふ夜御對面あり。「かくおとなび給ふけぢめになむ年月の程も知られ侍れば、うとうとしきへだては殘るまじうや」となつかしうのたまひて物語などし給ふ。これもうち解けぬるはじめなめり。ものなどうち言ひたるけはひなど、うべこそはとめざましう見給ふ。又いと氣高うさかりなる御氣色をかたみにめでたしと見て、そこらの中にもすぐれたる御志にて並びなきさまに定まり給ひけるもいとことわりと思ひ知らるゝに、かうまで立ちならび聞ゆる契おろかなりやはと思ふものから、出で給ふ儀式のいとことによそほしく御てぐるまなど許され給ひて女御の御有樣