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「あさき名をいひながしける河ぐちはいかゞもらしゝ關のあらがき。あさまし」とのたまふさまいとこめきたり。少しうち笑ひて、
「もりにけるくきだの關を河口のあさきにのみはおほせざらなむ。年月のつもりもいとわりなく惱ましきに物おぼえず」とゑひにかこちて苦しげにもてなして明くるも知らずがほなり。人々聞えわづらふを、おとゞ「したり顏なるあさいかな」と咎め給ふ。されど明しはてゝぞ出で給ふ。ねくたれの朝顏見るかひありかし。御文はなほ忍びたりつるさまの心づかひにてあるを、なかなか今日はえ聞え給はぬを物いひさがなき御達つきじろふに、おとゞ渡りて見給ふぞいとわりなきや。「盡せざりつる御氣色になかなかいとゞ思ひ知らるゝ身の程を、たへぬ心に又聞えぬべきも、
「咎むなよ忍びにしぼるてもたゆみけふあらはるゝ袖のしづくを」などいとなれがほなり。うちゑみて「手をいみじくも書きなられにけるかな」などのたまふも昔のなごりなし。御返しいといできがたげなれば、見苦しやとてさも思し憚りぬべきことなればわたり給ひぬ。御使の祿なべてならぬさまに賜へり。中將をかしきさまにもてなし給ふ。常にひきかくしつゝ隱ろへありきし御使、今日はおもゝちなど人々しくふるまふめり。右近のしようなる人の睦ましくおぼしつかひ給ふなりけり。六條のおとゞもかくと聞し召してけり。宰相常よりも光そひて參り給へれば、うちまもり給ひて「今朝はいかに文などものしつや。さかしき人も女のすぢには亂るゝためしあるを、人わろうかゝづらひ心いられせで過ぐされたるな