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Page:Kokubun taikan 01.pdf/57

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なしと思ひてのたまふ。ありつるこうちきを、さすがに御ぞの下に引き入れて大殿籠れり。小君をおまへに臥せてよろづに怨みかつは語らひ給ふ。「あごはらうたけれどつらきゆかりにこそえ思ひはつまじけれ」とまめやかにの給ふを、いとわびしと思ひたり。暫しうちやすみ給へど寢られ給はず。御硯急ぎ召してさしはへたる御文にはあらで、たゞ手習のやうに書きすさび給ふ。

 「空禪の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな」と書き給へるを、懷にひき入れてもたり。かの人もいかに思ふらむといとほしけれど、かたがたおもほし返して御ことづけもなし。かの薄ぎぬはこうちきのいと懷しき人香にしめるを身近くならしつゝ見居給へり。小君かしこにいきたれば、姉君待ちつけていみじうの給ふ。「あさましかりしにとかくまぎらしても人の思はむ事さり所なきにいとなむわりなき。いとかう心幼き心ばへをかつはいかにおもほすらむ」とて耻かしめ給ふ。左みぎに苦しく思へどかの御手習とり出でたり。さすがにとりて見給ふ。かのもぬけをいかにいせをの海士のしほなれてやなど思ふもたゞならず、いとよろづに亂れたり。西の君も物恥しき心地して渡り給ひにけり。又知る人もなきことなれば人知れずうちながめて居たり。小君の渡りありくにつけても胸のみふたがれど御消そこもなし。あさましと思ひ得る方もなくてざれたる心にもの哀れなるべし。つれなき人もさこそしづむれど、いとあさはかにもあらぬ御氣色を、ありしながらの我が身ならばと、取り返すものならねど忍びがたければこの御たゝうがみの片つかたに、