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Page:Kokubun taikan 01.pdf/565

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 「おきつ船よるべ浪路にたゞよはゞ棹さしよらむとまりをしへよ。たなゝし小船漕ぎかへりおなじ人をや。あなわるや」といふを、いとあやしうこの御方にはかう用意なきこと聞えぬものをと思ひまはすに、この聞く人なりけりとて、をかしうて、

 「よるべなみ風のさわがすふな人もおもはぬかたに磯づたひせず」とてはしたなかめりとや。


梅枝

御もぎのことおぼし急ぐ御心おきて世のつねならず。春宮もおなじ二月に御かうぶりの事あるべければやがて御まゐりもうち續くべきにや。正月のつごもりなれば公私のどやかなるころほひにたきもの合せ給ふ。大貳の奉れる香ども御覽ずるに、猶いにしへのには劣りてやあらむとおぼして、二條院の御倉あけさせ給ひて唐の物ども取り渡させ給うて御覽じくらぶるに「錦綾なども猶ふるきものこそ懷しうこまやかにはありけれ」とて、近き御しつらひのものゝおほひ敷物褥などのはしどもに故院の御世の始つかた、こまうどの奉れりけるあや緋ごんきどもなど今の世のものに似ず、猶さまざま御覽じあてつゝぞさせ給ひて、この度の綾うすものなどは人々に賜はす。香どもは昔今の取りならべさせ給ひて、御方々に配り奉らせ給ふ。「二くさづゝ合せさせ給へ」と聞えさせ給へり。贈り物上達部の祿など世になき