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Page:Kokubun taikan 01.pdf/557

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にはこの度は所せしとはぶき給ふ。朱雀院より歸り參りて、春宮の御方々にめぐる程に夜明けぬ。ほのぼのとをかしき朝ぼらけにいたくゑひ亂れたるさまして、竹河謠ひける程を見れば內の大殿の君達は四五人ばかり、殿上人の中に聲すぐれかたちきよげにて打ち續き給へるいとめでたし。わらはなる八郞君はむかひばらにていみじうかしづき給ふが、いと美くしうて大將殿の太郞君と立ちならびたるを、かんの君もよそ人と見給はねば御目とまりけり。やんごとなく交らひ馴れ給へる御方々よりも、この御局の袖ぐち大方のけはひ今めかしう、同じものゝ色あひかさなりなれど物よりことに華やかなり。さうじみも女房たちもかやうに御心をやりて暫しはすぐい給はましと思ひあへり。皆同じごとかづけわたすなかに、綿のさまも匂ひ殊にらうらうしうしない給ひて、こなたはみづうまやなりけれどけはひにぎはゝしく人々心げさうして、限あるみあるじなどのことゞもゝしたるさま殊に用意ありてなむ大將殿せさせ給へりける。殿居所に居給ひて日一日聞え暮し給ふことは、「夜さりまかでさせ奉りてむ。かゝるついでにと覺しうつるらむ。御宮仕なむやすからぬ」とのみ同じ事をせめ聞え給へど御かへりなし。さぶらふ人々ぞ「おとゞの心、あわたゞしきほどならで稀々の御まゐりなれば御心ゆかせ給ふばかりゆるされありてをまかでさせ給へと聞えさせ給ひしかば、今宵はあまりすがすがしうや」と聞えたるをいとつらしと思ひて、さばかり聞えしものを、さも心にかなはぬ世かなと、うち歎き居給へり。兵部卿の宮御前の遊に侍ひ給ひてしづ心なくこの局のあたり思ひやられ給へば、ねんじあまりて聞え給へり。大將はつかさの御