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Page:Kokubun taikan 01.pdf/509

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見やりつ。殿御鏡など見給ひて、忍びて「中將の朝けの姿はきよげなりな。唯今はきびはなるべき程をかたくなしからずと見ゆるも心のやみにやあらむ」とて我が御顏はふりがたくよしと見給ふべかめり。いといたく心げさうし給ひて、「宮に見え奉るは恥しうこそあれ。何ばかりあらはなるゆゑゆゑしさも見え給はぬ人のおくゆかしく心づかひせられ給ふぞかし。いとおほどかに女しきものから氣色づきてぞおはするや」とて出で給ふに、中將ながめ入りてとみにも驚くまじき氣色にて居給へるを、心とき人の御目にはいかゞ見給ひけむ、立ちかへり女君に「昨日の風のまぎれに中將は見奉りやしけむ。かの戶のあきたりしによ」とのたまへば、おもてうち赤めて「いかでさはあらむ。渡殿の方には人の音もせざりしものを」と聞え給ふ。猶「怪し」とひとりごちて渡り給ひぬ。御簾の內に入り給ひぬれば中將渡殿の戶口に人々のけはひするによりて物などいひたはぶるれど、思ふ事のすぢすぢなげかしくて例よりもしめりて居給へり。こなたよりやがて北に通りて明石の御方を見遣り給へば、はかばかしきけいしだつ人なども見えず、馴れたる下仕どもぞ草の中にまじりてありく。わらはべなどのをかしきあこめ姿うちとけて心とゞめ取り分きうゑ給ふ龍膽朝顏のはひまじれるませも皆散り亂れたるを、とかうひき出で尋ぬるなるべし。物の哀に覺えけるまゝに箏の琴をかきまさぐりつゝはし近く居給へるに、御さきおふ聲のしければ打ち解けなえばめる姿に小袿ひきおとしてけぢめ見せたるいといたし。はしの方につい居給ひて風のさわぎばかりをとぶらひ給ひてつれなく立ち歸り給ふも心やましげなり。