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Page:Kokubun taikan 01.pdf/42

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と悲しくし侍りけるををさなき程に後れ侍りて姉なる人のよすがにかくて侍るなり。ざえなどもつき侍りぬべくけしうは侍らぬを殿上なども思う給へかけながらすがすがしうはえ交らひ侍らざめる」と申す。「あはれのことや。この姉君やまうとの後の親さなむ侍る」と申すに、「似げなき親をもまうけたりけるかな。うへにも聞しめしおきて、宮仕に出し立てむともらし奏せしを、いかになりにけむといつぞやのたまはせし、世こそ定めなきものなれ」などいとおよすげのたまふ。「不意にかくて物し侍るなり。世の中といふものさのみこそ今も昔も定まりたる事侍らね。中についても女の宿世はうかびたるなむ哀に侍る」など聞えさす。「伊豫の介はかしづくや君と思ふらむな」。「いかゞは私のしうとこそは思ひて侍るめるを、すきずきしき事となにがしより始めてうけひき侍らずなむ」と申す。「さりともまうとたちのつきづきしく今めきたらむにおろしたてむやは。かの介はいとよしありて氣色ばめるをや」など物語し給ひつゝ、「何方にぞ」、「皆しもやにおろし侍りぬるをえや罷りおりあへざらむ」と聞ゆ。醉ひ進みて皆人々簀子に臥しつゝしづまりぬ。君は解けても寢られ給はず、いたづらふしとおぼさるゝに、御目覺めて、この北のさうじのあなたに人のけはひするを、此方やかくいふ人の隱れたる方ならむ、哀れやと御心留めて、やをら起きて立ち聞き給へば、ありつる子の聲にて、「ものうけ給はる。いづくにおはしますぞ」とかれたる聲のをかしきにていへば、「こゝにぞ臥したる。まらうどは寢給ひぬるか。いかに近からむと思ひつるを、されどけどほかりけり」といふ。寢たりける聲のしどけなきいと能く似通ひたればいもうとゝ