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の心をさなくておのづから落ち散る折あるを、御方の人はほのぼの知れるもありけれど何かはかくこそと誰にも聞えむ、見かくしつゝあるべし。所々のだいきやうどもゝはてゝ世の中の御いそぎもなくのどやかになりぬる頃時雨うちして荻のうは風もたゞならぬ夕暮に大宮の御方に內のおとゞ參り給ひて姬君わたし聞え給ひて御琴など彈かせ奉り給ふ。宮は萬の物の上手におはすればいづれも傅へ奉り給ふ。「琵琶こそをんなのしたるににくきやうなれどらうらうじきものに侍れ。今の世にまことしう傳へたる人をさをさ侍らずなりにたり」何のみこくれの源氏など數へ給ひて「をんなの中にはおほきおとゞの山里にこめ置き給へる人こそいと上手と聞き侍れ。物の上手の後には侍れど末になりて山賤にて年經たる人いかでさしも引き勝れけむ、かのおとゞいと心ことにこそ思ひてのたまふ折々はべれ、異事よりはあそびの方のさえは猶ひろうあはせ彼此に通はし侍るこそかしこけれ。ひとりごとにて上手となりけむこそ珍しきことなれ」などのたまひて宮にそゝのかし聞え給へば「ぢうさすことうひうひしくなりにけりや」とのたまへどおもしろう彈き給ふ。「幸にうち添へて猶怪しうめでたかりける人なりや。をひの世にもたまへらぬをんなごを設けさせ奉りて身に添へてもやつし居たらず。やんごとなきに讓れる心おきて事もなかるべき人なりとぞ聞き侍る」などかつ御物語聞え給ふ。「をんなは唯心ばせよりこそ、世に用ゐらるゝものに侍りけれ」など人の上のたまひ出でゝ「女御をけしうはあらず何事も人に劣りてはおひ出でずかしと思ひ給ひしかど、思はぬ人におされぬる宿世になむ世は思の外なるものと思ひ侍りぬる。