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Page:Kokubun taikan 01.pdf/382

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御氣色を、心苦しう」といふ。げに人の程のをかしきにも哀にもおぼし知らぬにはあらねど、物思ひ知るさまに見え奉るとて、おしなべての世の人のめで聞ゆらむつらにや思ひなされむ。かつはかるがるしき心の程も見知り給ひぬべく、耻しげなめる御有樣をとおぼせば、懷しからむなさけもいとゞあいなし。よその御返りなどうち絕えて覺束なかるまじき程に聞え給ふ。人傳の御いらへはしたなからで過ぐしてむ、年頃しづみつる罪失ふばかり、御おこなひをとはおぼし立てど、俄にかゝる御事をしも、もてはなれ顏にあらむもなかなか今めかしきやうに見え聞えて人のとりなさじやはと世の人の口さがなさをおぼし知りにしかばかつはさぶらふ人にもうちとけ給はず。いたう御心づかひし給ひつゝやうやう御行ひをのみし給ふ。御はらからのきん達あまたものし給へど、ひとつ御腹ならねばいとうとうとしく宮の內いとかすかになりゆくまゝにさばかりめでたき人のねんごろに御心を盡し聞え給へば皆人心をよせ聞ゆるもひとつ心と見ゆ。おとゞはあながちにおぼしいらるゝにしもあらねど、つれなき御氣色のうれたきにまけて止みなむも口惜しくげにはた人の御有樣世のおぼえ殊にあらまほしく物を深くおぼし知り世の人のとあるかゝるけぢめも聞き集め給ひて昔よりもあまた經まさりておぼさるれば今さらの御あだげもかつは世のもどきをもおぼしながら、むなしからむはいよいよ人笑へなるべし、いかにせむと御心動きて二條院に夜がれ重ね給ふををんな君は、戯ぶれにくゝのみおぼす。忍び給へど、いかゞうちこぼるゝ折もなからむ。「怪しく例ならぬ御氣色こそ心得がたけれ」とてみぐしをかきやりつゝいとほしとお