このページは校正済みです
により居給ひて、御心のうちにはいと哀に戀しうおぼしやらるれば火をうちながめて殊に物ものたまはず。文はひろごりながらあれどをんな君見給はぬやうなるを、せめて見隱し給ふ御まじりこそ煩はしけれ」とてうち笑み給へる御愛敬所せきまでこぼれぬべし。さしより給ひて「誠はらうたげなるものを見しかば契淺くも見えぬをさりとて物めかさむ程もはゞかり多かるに思ひなむわづらひぬる。同じ心に思ひめぐらして御心に思ひ定め給へ。いかゞすべき。こゝにてはぐゝみ給ひてむや。ひるのこが齡にもなりにけるを罪なきさまなるも思ひすてがたうこそ。いはけなげなる下つかたも紛はさむなど思ふを、目ざましと思さずはひきゆひ給へかし」と聞え給ふ。「思はずにのみとりなし給ふ御心のへだてをせめて見知らずうらなくやはとてこそ、いはけなからむ御心にはいとようかなひぬべくなむいかに美しき程に」とて少しうち笑み給ひぬ。ちごをわりなうらうたきものにし給ふ御心なれば、えていだきかしづかばやとおぼす。いかにせまし、迎へやせましとおぼし亂る。渡り給ふこといとかたし。嵯峨野の御堂の念佛など待ち出でゞ、月にこたびはかりの御契なめり。年のわたりには立ちまさりぬべかめるを、及びなきことゝ思へども猶いかゞものおもはしからぬ。
薄雲
冬になり行くまゝに、河づらのすまひいとゞ心ぼそさまさりて、うはの空なる心地のみしつ