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Page:Kokubun taikan 01.pdf/352

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びて故院め御時にもむつましう仕うまつりなれし人なりけり。

 「雲の上のすみかをすてゝ夜はの月いづれの谷にかげかくしけむ」。心々にあまたあめれどうるさくてなむ。けぢかううちしづまりたる御物語少しうちみだれて、千年も見聞かまほしき御有樣なれば、斧の柄も朽ちぬべけれど今日さへはとて急ぎ歸り給ふ。物どもしなじなにかづきて霧の絕間に立ちまじりたるも前栽の花に見えまがひたる色あひなど殊にめでたし。近衞づかさの名高き舍人、物のふしどもなどさぶらふに、さうざうしければその駒など亂れ遊びてぬぎかけ給ふ色々、秋の錦を風の吹きおほふかと見ゆ。のゝしりて歸らせ給ふ響を大井には物隔てゝ聞きて名殘さびしう詠め給ふ。御せうそこをだにせでとおとゞも御心にかゝれり。殿におはしてとばかりうちやすみ給ふ。山里の御物語など聞え給ふ。「暇聞えし程過ぎつればいと苦しうこそ。このすきものどもの尋ね來ていと痛うしひとゞめしにひかされて今朝はいとなやまし」とて大殿ごもれり。例の心とけず見え給へど見知らぬやうにて、「なずらひならぬ程をおぼしくらぶるもわろきわざなめり。我はわれと思ひなし給へ」と敎へ聞え給ふ。暮れかゝる程にうちに參り給ふにひきそばめて急ぎ書き給ふはかしこへなめり。そばめこまやかに見ゆ。うちさゞめきてつかはすを御達などにくみ聞ゆ。その夜は內にも侍ひ給ふべけれどとけざりつる御氣色とりに夜更けぬれどまかで給ひぬ。ありつる御かへりもて參れり。えひき隱し給はで御覽ず。殊ににくかるべきふしも見えねば「これやりかくし給へ。むつかしやかゝるものゝちらむも、今はつきなき程になりにけり」とて御脇息