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Page:Kokubun taikan 01.pdf/349

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にておひ出でむが心苦しう口惜しきを、二條院に渡して心の行くかぎりもてなさば後の覺えも罪免れなむかしとおもほせど又思はむ事いとほしくてえうち出で給はで淚ぐみて見給ふ。幼き心地に少し耻らひたりしがやうやううち解けて物いひ笑ひなどしてむつれ給ふを見るまゝににほひまさりてうつくし。抱きておはするさま見るかひありて宿世こよなしと見えたり。又の日は京へ歸らせ給ふべければ、少し大殿籠り過ぐしてやがてこれより出で給ふべきを桂の院に人々多く參り集ひてこゝにも殿上人あまた參りたり。御さうぞくなどし給ひて「いとはしたなきわざかな。かく見顯はさるべき隈にもあらぬを」とてさわがしきに引かれて出で給ふ。心苦しければさりげなくまぎらはして立ちとまり給へる戶口にめのと若君抱きてさし出でたり。哀なる御氣色にかきなで給ひて「見ではいと苦しかりぬべきこそいとうちつけなれ。いかゞすべき。いと里遠しや」とのたまへば「遙に思ひ給へたりける年頃よりも今からの御もてなしの覺束なう侍らむは心づくしに」など聞ゆ。若君手をさし出でゝ立ち給へるを慕ひ給へばつい居給ひて「怪しう物思ひ絕えぬ身にこそありけれ。しばしにても苦しや。いづら。など諸共に出でゝはをしみ給はぬ、さらばこそ人心地もせめ」とのたまへばうち笑ひて、女君にかくなむと聞ゆ。なかなか物思ひ亂れて臥したればとみにしも動かれず、あまり上手めかしと思したり。人々も傍いたがれば、しぶしぶにゐざり出でゝ几帳にはた隱れたるかたはらめいみじうなまめいてよしあり。たをやぎたるけはひみこたちといはむにもたりぬべし。かたびら引きやりてこまやかに語らひ出で給ふとてとばかりかへり見