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Page:Kokubun taikan 01.pdf/337

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水のゆたかなる心ばへをえ見せつくさぬものなれば、唯筆のかざり人の心に作り立てられて今のあさはかなるも昔の跡にはぢなく賑はゝしくあなおもしろと見ゆるすぢはまさりて、多くの爭ひども今日はかたがたに興ある事ども多かり。朝がれひの御さうじを開けて中宮もおはします。深くしろしめしたらむと思ふに、おとゞもいというにおぼえ給ひて所々の判ども心もとなき折々に時々さしいらへ給ひける程あらまほし。定めかねて夜に入りぬ。左猶數ひとつあるはてに須磨のまきいできたるに、中納言の御心さわぎにけり。あなたにも心して、はての卷は心ことにすぐれたるをえり置き給へるにかゝるいみじきものゝ上手の心のかぎり思ひすまして靜に書き給へるは譬ふべきかたなし。みこより始め奉りて淚とゞめ給はず。その世に心苦し悲しとおぼしゝ程よりも、おはしけむ有樣御心におぼしけむ事ども只今のやうに見ゆ。所のさまおぼつかなき浦々磯の隱れなく書きあらはし給へり。さうの手に、かんなの所々に書きまぜてまほの委しき日記にはあらず。あはれなる歌などもまじれるたぐひゆかしう誰もことごとおぼさず。さまざまの御繪の興これに皆うつりはてゝ、あはれにおもしろし。よろづ皆おしゆづりて左かつになりぬ。夜明け方近くなる程に物いとあはれにおぼされて御かはらけなどまゐるついでに、昔の御物語ども出で來て、「いはけなき程より學問に心を入れて侍りしに少しもざえなどつきぬべくや御覽じけむ、院ののたまはせしやう、才學といふもの世にいと重くするものなればにやあらむ、いたう進みぬる人の命さいはひと並びぬるはいとかたきものになむ、しなたかく生れ、さらでも人に劣るまじき程にて