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Page:Kokubun taikan 01.pdf/332

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見所あるものなれとて、おもしろく心ばへある限をえりつゝ書かせ給ふ。例の月なみの繪も見馴れぬさまに言の葉を書き續けて御覽ぜさせ給ふ。わざとをかしうしたれば、又こなたにてもこれを御覽ずるに心やすくもとり出で給はず、いといたく祕めてこの御方にもて渡らせ給ふを惜みらうじ給へば、おとゞ聞き給ひて、「猶權中納言の御心の若々しさこそ改まりがたかめれ」など笑ひ給ふ。「あながちに隱して心安くも御覽ぜさせず惱まし聞ゆるいとめざましや。古代の御繪どもの侍る參らせむ」と奏し給ひて、殿に舊き新しき繪ども入りたる御厨子ども開かせ給ひて女君と諸共に今めかしきはそれぞれとえり整へさせ給ふ。長恨歌王昭君などやうの繪はおもしろくあはれなれど、事の忌あるはこたみは奉らじとえりとゞめ給ふ。かの旅の御日記のはこをも取り出でさせ給ひて、このついでにぞ女君にも見せ奉り給ひける。知らで今見む人だに少し物思ひ知らむ人は淚惜むまじくあはれなり。まいて忘れがたくその夜の夢をおぼしさます折なき御心どもには取り返し悲しうおぼし出でらる。今まで見せ給はざりけるうらみをぞ聞え給ひける。

 「一人居て眺めしよりはあまのすむかたを書きてぞ見るべかりける。おぼつかなさは慰みなましものを」とのたまふ。いとあはれとおぼして、

 「うきめ見しそのをりよりも今日はまた過ぎにしかたにかへる淚か」。中宮ばかりには見せ奉るべきものなり。「かたはなるまじき一でふづゝさすがに浦々の有樣さやかに見えたるをえり給ふついでにもかのあるじの家居ぞまづいかにとおぼしやらぬ時の間もなき。かう