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Page:Kokubun taikan 01.pdf/268

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拜み奉る。月日の光を手に得奉りたる心地していとなみ仕うまつることことわりなり。所のさまをばさらにもいはず作りなしたる心ばへこだちたていし前栽などの有樣えもいはぬ入江の水など繪に書かば心のいたり少からむ繪師は書き及ぶまじと見ゆ。月頃の御住ひよりはこよなく明になつかし。御しつらひなどえならずして住ひけるさまなどげに都のやむごとなき所々に異ならず。えんにまばゆきさまはまさりざまにぞ見ゆる。少し御心しづまりては京の御文ども聞え給ふ。參れりし使は「今はいみじき道に出で立ちて悲しきめを見る」と泣き沈みて、あの須磨にとまりたるを召して身にあまれる物ども多く給ひてつかはす。むつましき御いのりの師どもさるべき所々にはこの程の御有樣委しく言ひつかはすべし。入道の宮ばかりにはめづらかにてよみがへれるさまなど聞え給ふ。二條院の哀なりし程の御かへりは書きもやり給はず、うちおきうちおき押しのごひつゝ聞え給ふ御氣色なほことなり。「かへすがへすいみじきめのかぎりを見盡しはてつるありさまなれば今はと世を思ひ離るゝ心のみまさり侍れど鏡を見てもとの給ひし面影の離るゝ世なきを、かくおぼつかなながらやと、こゝら悲しきさまざまのうれはしさはさし置かれて、

  はるかにも思ひやるかな知らざりし浦よりをちにうらづたひして。夢のうちなる心地のみして覺めはてぬほど、いかにひがごと多からむ」とそこはかとなくかき亂り給へるしもぞいと見まほしきそばめなるを、いとこよなき御志の程と人々見奉る。おのおの故鄕に心細げなることづてすべかめり。をやみなかりし空の氣色名殘なくすみわたりてあさりする海