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Page:Kokubun taikan 01.pdf/232

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々だに、覺束なきにものおぼえ、女君も心細うのみ思う給へるを、幾とせその程と限ある道にもあらず、逢ふをかぎりに隔たり行かむもさだめなき世にやがて別るべき門出にもやといみじう覺え給へば、忍びて諸共にもやとおぼしよるをりあれど、さる心細からむ海づらの波風より外に立ちまじる人もなからむに、斯らうたき御さまにて引き具し給へらむもいとつきなく、我心にもなかなか物思ひのつまなるべきをなどおぼし返すを、女君はいみじからむ道にも後れ聞えずだにあらばとおもむけてうらめしげにおぼいたり。かの花散里にもおはし通ふ事こそ稀なれ、心ぼそくあはれなる御有樣をこの御蔭に隱れて物し給へば、いみじう歎きおぼしたるさまいとことわりなり。なほざりにてもほのかに見奉り通ひ給ひし所々、人しれぬ心を碎き給ふ人ぞ多かりける。入道の宮よりも物の聞えや又いかゞとりなされむと我が御ためつゝましけれど、忍びつゝ御とぶらひ常にあり。昔かやうにあひおぼし哀れをも見せ給はましかばとうち思ひ出で給ふに、さもさまざまに心をのみ盡すべかりける人の御契かなとつらう思ひ聞え給ふ。やよひはつかあまりの程になむ都離れ給ひける。人に今としも知らせ給はず、唯いと近う仕うまつり馴れたるかぎり七八人ばかり御供にていとかすかにて出で立ち給ふ。さるべき所々に御丈ばかりうち忍び給ひしにも哀れと忍ばるばかり書き盡し給へるは見どころもありぬべかりしかど、その折の心地のまぎれにはかばかしくも聞き置かずなりにけり。二三日かねておほい殿に世に隱れて渡り給へり。網代車のうちやつれたるに女のやうにてかくろへ入り給ふもいとあはれに夢とのみおぼゆ。御方いと寂し