コンテンツにスキップ

Page:Kokubun taikan 01.pdf/192

提供:Wikisource
このページは校正済みです

ぼしも立たれず。姬君の何事もあらまほしう整ひはてゝいとめでたうのみ見え給ふを似げなからぬ程にはた見なし給へれば氣色ばみたることなど折々聞え試み給へど見も知り給はぬけしきなり。つれづれなるまゝに、唯此方にて碁うち偏づきなどし給ひつゝ日をくらしたまふに、心ばへのらうらうしうあいぎやうづきはかなきたはぶれ事の中にもうつくしきすぢをしいで給へば、おぼし放ちたる年月こそたゞさる方のらうたさのみはありつれ。忍び難くなりて心苦しけれどいかゞありけむ。人のけぢめ見奉り分くべき御中にもあらぬに男君はとく起き給ひてをんな君は更に起き給はぬあしたなり。人々いかなればかくおはしますならむ、御心地の例ならずおぼさるゝにやと見奉り歎くに、君は渡り給ふとて、御硯の箱を、御帳の內にさし入れておはしにけり。人まに辛うじて頭もたげ給へるに、引き結びたる文御枕のもとにあり。何心もなく引きあけて見給へば、

 「あやなくも隔てけるかな夜をかさねさすがになれし中の衣を」と書きすさび給へるやうなり。かゝる御心坐すらむとはかけても思しよらざりしかば、などてかう心うかりける御心をうらなく賴もしきものに思ひ聞えけむと淺ましうおぼさる。晝つかた渡り給ひて「惱しげにし給ふらむはいかなる御心ちぞ。今日は碁もうたでさうざうしや」とてのぞき給へばいよいよ御ぞ引きかづきて臥し給へり。人々退きつゝさぶらへば寄り給ひて「などかくいぶせき御もてなしぞ。思の外に心憂くこそおはしけれな。人もいかに怪しと思ふらむ」とて御衾を引きやり給へれば汗におしひたしてひたひ髮も痛うぬれ給へり。「あなうたて、これはい