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Page:Kokubun taikan 01.pdf/174

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つあり。いみじきげんざどもにも從はずしうねき氣色おぼろけの物にあらずと見えたり。大將の君の御かよひ所こゝかしことおぼしあつるに、「この御やす所二條の君などばかりこそはおしなべてのさまには思したらざめれば、恨の心も深からめ」とさゝめきて物など問はせ給へどさして聞えあつることもなし。ものゝけとてもわざと深き御かたきと聞ゆるもなし。すぎにける御めのとだつ人、もしは親の御方につけつゝ傅はりたるものゝ、よわめに出で來たるなどむねむねしからず亂れ顯はるゝ。唯つくづくとねをのみ泣き給ひて折々は胸をせきあげつゝいみじう堪へ難げに惑ふわざをし給へばいかに坐すべきにかとゆゝしう悲しうおぼしあわてけり。院よりも御とぶらひひまなく御祈のことまでおぼしよらせ給ふさまのかたじけなきにつけても、いとゞ惜しげなる人の御身なり。世の中普く惜み聞ゆるを聞き給ふにも御やす所はたゞならずおぼさる。年頃はいとかくしもあらざりし御挑み心を、はたなかりし所の車爭ひに人の御心の動きにけるを、かの殿にはさまでも思しよらざりけり。かゝる御物思ひの亂れに御心地猶例ならずのみおぼさるれば、ほかにわたり給ひて御修法などせさせ給ふ。大將殿聞き給ひていかなる御心ちにかといとほしうおぼし起してわたり給へり。例ならぬたび所なればいたう忍び給ふ。心より外なるをこたりなど、罪ゆるされぬべく聞え續け給ひて惱み給ふ人の御有樣もうれへ聞え給ふ。「自らはさしも思ひ入れ侍らねど親たちのいとことごとしう思ひ惑はるゝが心苦しさにかゝる程を見過ぐさむとてなむ。萬をおぼしのどめたる御心ならばいと嬉しうなむ」など語らひ聞え給ふ。常よりも心苦しげなる御氣