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Page:Kokubun taikan 01.pdf/140

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きもありけりと見ゆるに、無紋の櫻の細長なよゝかに着なして何心もなくて物し給ふさまいみじうらうたし。古代のおばぎみの御なごりにて齒ぐろめもまだしかりけるを引き繕はせ給へれば、眉のけざやかになりたるも美くしう淸らなり。心からなどかかう憂き世を見あつかふらむ。かく心苦しきものをも見てゐたらでとおぼしつゝ例の諸共にひゝな遊びし給ふ。繪など書きて色どり給ふ。萬にをかしうすさび散し給ひけり。我も書き添へ給ふ。髮いと長き女を書き給ひて、鼻にべにをつけて見給ふに、かたに書きても見まうきさましたり。我が御かげのきやうだいにうつれるがいと淸らなるを見給ひて、手づからこのあかはなをかきつけにほはして見給ふに、かくよき顏だにさて交れらむは見苦しかるべかりけり。姬君見ていみじく笑ひ給ふ。「まろがかくかたはになりなむ時いかならむ」とのたまへば、「うたてこそあらめ」とてさもやしみつかむと危く思ひ給へり。空のごひをして「更にことそしろまね。ようなきすさびなりや。內にいかにのたまはむとすらむ」といとまめやかにのたまふを、いといとほしとおぼして寄りてのごひ給へば、「へいちうがやうにいろどり添へたまふを、あかゝらむはあえなむ」とたはぶれ給ふさまいとをかしきいもせと見えたまへり。日のいとうらゝかなるにいつしかとかすみわたれるこずゑどもの心もとなき中にも、梅はけしきばみほゝゑみわたれる、とりわきて見ゆ。はしがくしのもとの紅梅いと疾く咲く花にて色づきにけり。

 「紅の花ぞあやなくうとまるゝ梅のたち枝はなつかしけれど。いでや」とあいなくうちう