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人もなかりけるを、まして今は淺茅わくる人も跡絕えたるに、かく世に珍しき御けはひのもり匂ひくるをばなま女ばらなどもゑみまけて、「猶聞え給へ」とそゝのかし奉れど、淺ましう物づゝみし給ふ心にてひたぶるに見も入れ給はぬなりけり。命婦は、さらばさりぬべからむ折に物ごしに聞え給はむほど御心につかずばさても止みねかし、又さるべきにて假にもおはし通はむを咎め給ふべきひとなしなど、あだめきたるはやり心はうち思ひて、父君にもかゝる事などもいはざりけり。八月廿餘日、よひ過ぐるまで待たるゝ月の心もとなきに、星の光ばかりさやけく松の梢吹く風のおと心細くて、古のこと語り出でゝ打ち泣きなどし給ふ。いとよき折かなと思ひて御せうそこや聞えつらむ、例のいと忍びておはしたり。月やうやう出でゝ荒れたる籬のほど疎ましく打ち眺め給ふに、きん、そゝのかされてほのかに搔き鳴し給ふ程けしうはあらず。少し今めきたるけをつけばやとぞ亂れたる心には心もとなく思ひ居たる。人めしなき所なれば心安く入り給ふ。命婦を呼ばせ給ふ。今しも驚き顏に、「いとかたはらいたきわざかな。しかじかこそおはしましたなれ。常にかう恨み聞え給ふを心にかなはぬよしをのみ聞えすまひ侍れば、みづからことわりもきこえ知らせむとのたまひわたるなり。いかゞ聞え返さむ。なみなみのたはやすき御ふるまひならねば心苦しきを物ごしにて聞え給はむこと聞しめせ」といへば、いとはづかしと思ひて、「人に物聞えむやうもしらぬを」とて奧ざまへゐざり入り給ふさまいとうひうひしげなり。うち笑ひて、「いとわかわかしうおはしますこそ心苦しけれ。かぎりなき人も親のあつかひ後見聞え給ふほどこそ若び給ふも