Page:Kokkaron1905.djvu/36

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此く個人精神の方面より國體を論ずるは决して余が創見にあらず。モンテスキュー氏は旣に其の「法律の精神」に於て論じて曰はく壓制政府の人民は恐怖(Crainte)を以てし、君主政府の人民は名譽の念(honneur)を以てし、共和政府の人民は德義(vertu)を以てし、各其社會に生活しつゝあるを論ぜり。其然る所以は暴君は絕對的に人民を束縛し、隨て恐怖の念を起し、君主政體にては君主獨りにて國家を維持するより人民は自己の名譽を主となし、民主政體にては人民各國家の爲めを謀るを以てなり。(p.p. 19-27)而して氏は更に溫和なる政府に於ると壓制的政府に於ると服從に差異ありとなせ