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て居る者とは異ふだらう。幾通りにも讀まれる。唯著者の思ふが如くに解釋することは出來る。ポツリポツリと字を投じ漢文の轉倒を用ひて己の思ひを示めした。其點に於ては巧妙なる者だ。恰度支那の古文がポツリポツリと字を下して居るやうなものだ。後世の漢文は冗漫で言葉通りに字を下すが、古文は出來る限り省いて了ふ。其れで居て意味が分る。古事記の文章は古色蒼然として居る。尤も古事記許りでない。出雲風土記、播磨風土記などの文も同型である。

 此の如き文體が日本に出來たといふのは日本の同化力を示めす者といはねばならぬ。日本の國體は佛敎を同化し、儒教を同化し、耶蘇敎を同化し,共産主義を同化し了らんとして居る。排すべきを排し、採るべきを採る。日本の此の包含的なる、而も確乎たる國體の上に之を行ひ得るのは卽ち古事記の文體が漢文でなく、日本語であつて漢字漢文を驅使するのと同じ動機であるのである。日本最古の歷史、卽ち日本の聖典が此の文體で書かれて居るといふことは日本の自主獨立的なる氣分を示めすものと謂はねばならない。

 言葉は日本にては言靈といふ位ー種靈妙不可思議なる者とされて居た。古代